「愛人ラマン」(3)ー運命のフェリー乗場はどこ?:映画ロケ地パーフェクトガイド

2016年8月 ベトナム旅行


小説ラマンの主題はフランス人少女と中国人青年のメコン川フェリーでの出会いの風景です。

さてその場所はどこなのでしょうか。


実際に行って撮った写真がこちらです。


映画のシーンがこちらです



映画の字幕をみると混乱してしまいます。

フェリーはサデックとヴィンロンを結ぶと書かれていますが、実はこれが大きな間違いです。


原作を読んで見るときちんと書いてありました。

「メコン河の一支流を渡し船で横断している間....ヴィンロンとサデックのあいだで」とあります。

映画の字幕では川を下る船のように書かれていますが、実はメコン川の支流を渡るフェリーだったのです。



詳しくは以下のブログをご覧ください。


ベトナム語ですが英語に翻訳すると「ROMANCE Huynh Thuy Le (The Lover / L'Amant)」(Huynh Thuy Leは中国人青年の実名です)というエントリーでメコン川の支流(Tien川)のフェリー乗場跡の写真付きで解説しています。


サデック(Sa Dec: グーグル翻訳で日本語に訳すとSa=土曜、Dec=12月で土曜12月とわけのわからない翻訳になりますが、英語ですとSa Decと訳されます)からサイゴンにいくルートは今も1929年当時も変わりません。


QL80線からベトナムの南北を縦貫するQL1(QL=Quốc lộ:国道)に合流してTien川をフェリーで渡るのです。


このフェリーは2000年にミートュー(My Thuan)橋が完成したことから廃止となりました。


今はその面影が残るだけですが、今回のラマンロケ地巡りの重要ポイントとして訪れました。


ミートュー橋はベイブリッジのようなモダンなワイヤーの吊り下げ橋です。

ここからのの眺めについては別エントリーで紹介したいと思います。



少女はサデックから、サイゴンのリセ(高校)に帰るためにフェリーに乗ります。


中国人青年はなぜサイゴンに行くのでしょうか。


小説には中国人青年の父親が不動産王となったいきさつが具体的に書いてあります。


彼の父はホーチミン市のショロン地区の南部に何百棟もの長屋を建てて成功したようです。

ショロンでの二人が会っていたあたりもそんな不動産の一部だったのではないでしょうか。


このたりも別エントリーで紹介します。

彼らの事業の基盤がサイゴンのショロン地区にあったことから、中国人青年もサデックからサイゴンに行く必要があったわけです。



1920年代ではフェリーの運航は1時間に1本程度でした。

このため二人がフェリーの上で出会う確率はかなり高かったのでしょう。

広大なメコン川が生んだ運命の出会いといえます。



このフェリー乗場跡は、今でもグーグルマップにのっています。

グーグルマップのおかげで、実際にフェリー乗場跡に行くことができました。



ドライバーさんへはティエン川の南側に行くようお願いしていましたが、どういうわけか北側のフェリー乗場につれていかれました。


これは後で正解だとわかりました。


フェリー乗場跡まで、町が続きます。


かつては交通の重要地として栄えたのではないでしょうか。

いまでは、フェリーが廃止され16年もたちさびれた感じです。


道の終点に突然メコン川(ティエン川)がみえます。

赤く広い川は想像どうりでした。


映画にあるヤシの木が茂りホテイアオイの水草のかたまりが見えます。

ホーチミン市から約2時間半かけてきたかいがありました。



そして、対岸の南側のフェリー乗場あとを見ると、あまり昔の面影は残されていないようでした。

北側にきて正解だと分かったのはこの時でした。ドライバーさんはこのことを知っていたのでしょうか。



ヤシの木が風にゆられ映画の雰囲気が残っていいました。

手前にはホテイアオイの水草が茂っています



メコン川(ティエン川)を大きな船が行き交います。

今年の8月のお盆の時期は雨期とはいえ雨がほとんど降りませんでした。着いたときはいい天気でした。



チャーターしたクルマと乗場までの道路です。

ドライバーさんはのんびり休んでいます。

きっと、わざわざ日本からきてこんな場所のどこがいいのだろうと思っているのではないでしょうか。


メコン川の雄大さと雲の光による微妙な色の変化が、とても印象的でした。


さて、ここでふと思ったことがあります。

マルグリット・デュラスは確かにここでフェリーに乗って、その光景を小説に書きました。


しかし、アノー監督はここでフェリーシーンを撮ったのでしょうか。


撮影をした当時もこのフェリー乗場は国道1号の幹線道路で、フェリーに乗るためクルマは列を作っていたでしょう。

あの壊れそうな桟橋をこの場所に作れたでしょうか。


メイキングビデオによるとベストのコンディションがくるまで何日も待っていたといいます。


おそらくアノー監督は別の場所に桟橋を作りじっくり撮影できるまで待っていたと思われます。


ロケ地を特定はできませんでしたが、運命の出会いの実際の場所をみることができたのは間違いありません、


雄大なメコン川、一見の価値ありでした。


フェリー乗場跡(Phà Mỹ Thuận)はこちらになります。

Taro_fan's Ownd World

身近なことで、ちょっと突っ込んで、紹介したいと思います。旅行は映画・TVドラマのロケ地ツアーが大好きです

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